【第10号】2. 日本発運賃の歴史と変遷(その2)1954年の運賃

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現在の運賃はいくら?

過去の運賃の話をする前に、今の相場を確認しておきましょう。
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2021年4月1日発、東京発サンフランシスコ行きの日本航空の運賃は、こんな感じ。
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一番安いQクラスの平日運賃で142,000円だそうです。これに諸税かかっても、学生さんがアルバイトで頑張ってお金を貯めれば、長期休みに海外旅行できなくもない程度の値段でしょうか。
あるいは、今は新型コロナウイルスの影響による減便や需要減少の影響を受けて、安い運賃で集客するという考えがなさそうですので、もっとたくさん便が飛んで、みんなが気軽に旅行する時代に戻れば、これよりも安価なセールはありそうです。

日本航空就航当初の運賃はいくら?

では、前回お話したサンフランシスコ行き初就航の1954年、当時の運賃はどのくらいだったのでしょうか。
1954年2月の就航当初は、ファーストクラスに当たる1クラス制でしたが、4月1日にはより安価なツーリストクラス(後のエコノミークラス)を設定し、2クラス制としています。その時点の往復運賃は、こうなっていたそうです。

ファーストクラス 333,725円
ツーリストクラス 250,125円

さて、これは高いのか安いのか。「今の倍くらいか」と思うのは早合点というもの。物価水準の違いを考慮しなければなりません。
物価の変動を測る指標はいろいろありますが、ここでは国家公務員の初任給を参考にしてみます。人事院のウェブサイトを参照しました。

1954年(昭和29年)の初任給は8,700円だったそうです。直近はと言うと、少し古くて2019年(平成31年)の金額が載っていました。186,700円だそうです。
これを比べると、65年ほどで約21.5倍に物価は上昇している計算になります(ほかのもので比べれば変わるでしょうし、あくまでも参考として)。

ということで、1954年のツーリストクラス往復運賃を21.5倍して、現代でのイメージを掴んでおきましょう。

250,125×21.5=5,377,687.5

なんと! 500万円を軽く超えてしまいました。いや、高いですね。
「今年は夏休みにヨセミテとサンフランシスコ行ってみるか」なんて気軽に言える値段ではありません。学生さんなら、留学しようにも、現地の学校に辿り着く前に航空運賃だけで予算オーバーです。

一体誰が海外に行っていたのか

ただし、「みんな、どうやって海外旅行していたの?」という疑問は、この時代の人には理解されないでしょう。当時、海外に行くのは外交官や業務上の必要がある人に限られ、一般人の海外渡航自由化は、東京オリンピックが開催される1964年を待つことになるからです。

それでも、日本航空は順調に新規路線を開設し、日本から世界を繋いでいきます。
次回は、1964年の海外渡航自由化までの約10年間、日本航空の路線網がどう増えていったか、どのような機材が導入されたかなどの歴史を振り返りながら、大量輸送時代までの過渡期の様子を見ていきます。

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