【第24号】4. 日本発運賃の歴史と変遷(その16)海外渡航者の増加と日本発路線網

 本来、ものの価格は需要と共有のバランスで決まるべきものですが、この連載で繰り返し述べている通り、航空運賃は業界団体であるIATA主導で、供給側の都合を重視して設定されてきました。

 海外渡航が自由化される1964年まで、そもそも日本から海外に向かう人の数が非常に少なく、どれほど運賃が高くても「行くしかない」人たちが乗っていたと考えれば、高額であることにさほどの非難もなかったのかもしれませんが、ジャンボジェットが登場し、安価な運賃で旅行者をかき集めなければならなくなった1970年代以降は、「高いものは売れない」という市場原理が働いていくことになります。

 需要の創出という点では、運賃を下げてみんなが旅に出やすくするのと同時に、今まで行けなかった場所に行きやすくなることで、同じ人が繰り返し旅をするような方向性も考えられます。今回は、日本航空の路線網拡大の歴史を中心に見ていきます。これに呼応する形で次回、新たな就航地への運賃設定などのお話をできればと考えています。

 

※ 前回予告していたものから、内容を変えております。ご了承ください。

 

 

 

ジャンボジェット登場までの路線網

 第3回のときに、1964年までの日本航空の路線網拡大について触れました。当時は機材も小さく、また搭乗者も限られた人数でしたから、最終目的地までに様々な寄港地に立ち寄る運行形態が主。それが大きく変わったのは、1965年の北回りヨーロッパ線開設、翌66年のニューヨーク就航、そして続く67年の世界一周航路完成、あたりでしょうか。だいぶ長く一気に移動できるようになりました。

 

 日本航空がジャンボジェットを最初に導入したのは、1970年4月のこと。最初にやってきたB747-100は、現在も外国航空会社でときどき目にする-400と違い、2階席が狭く(後の派生形で延長)、乗員は3名必要(現在は2名体制が主流)と、今とは異なる雰囲気でした。

 さて、このB747の初便は同年7月1日にホノルル線に就航。翌2日にロサンゼルスにも飛んでおり、日本航空がアメリカ路線を重視していたことが窺えます。パンアメリカン航空を始めとする競合会社への対抗の意味もあったでしょうが、当時まだ主力だったDC-8と並んで、日本の顔となったわけです。

 

 

1970年代の新規路線

 1972年は動きの多い年でした。記録によれば、アンカレッジ経由ニューヨーク線(4月1日)、バンクーバー経由メキシコシティ線、モスクワ経由コペンハーゲン線(いずれも4月3日)が一気に開設されると、5月15日には本土復帰を果たした沖縄の那覇線が国際線から国内線に戻ります。

 東京発ばかりではなく、地方路線の就航もあり、6月には福岡発鹿児島経由香港行きというのが登場しています。

 

 1974年には初の中国路線として、北京線が開設されました。このあたりまで、DC-8が主力。ファーストクラスとエコノミークラスを合わせて150席程度の大きさで、当時の需要がまだまだ小さかったことがわかります。

 ちなみに、B747シリーズが順調に増えていく一方、1976年にDC-8の後継機として大型のDC-10が導入されました。需要に先駆けて、供給が増加していますね。余談ですが、DC-8という機材はけっこう人気が高く、かなりの期間、日本航空の主力機として活躍していたようです。1966年のビートルズ来日時、羽田空港でタラップから降りてくる映像をご覧になったことのある方も多いと思いますが、あの飛行機は日本航空のDC-8でした。

 

 1975年には、日本アジア航空を設立し、東京から台北に就航。続く76年には大阪(当時はもちろん伊丹空港)を経由する大阪=台北=香港線、大阪=台北線と東京=大阪=台北=マニラ線を開設しています(日本アジア航空は2008年に日本航空に吸収され、その後は日本航空の便名で台北・高雄線を運航するようになりました)。

 

 B747は1977年に北回りヨーロッパ線デビュー(最初はコペンハーゲン経由フランクフルト行き)。活躍の場を広げていきますが、ご注意いただきたいのは、70年代後半と言うと、まだ日本からの出国者数が年間300万人台だったということ。1970年が66万人だったことを考えれば、相当増えてはいますが、今ほどの需要はありませんでした。

 一方で1978年に成田空港が開港し、東京の空の玄関口が引っ越し。手狭な羽田空港よりも、遠くはなりましたが、更なる新規路線開設の準備が整いました(滑走路が一本しかないなどの問題は置いといて)。

 

 さて、この時代の運賃設定はどうなっていたのでしょうか、というのは、次回のお話。どうぞお楽しみに。

 

この記事を書いた人:

関本(編集長)

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