【第34号】1. 日本発運賃の歴史と変遷(その26)運賃はどうやって値上げされるのか

 今回は全日本空輸の1990年代の運賃表を眺めてみる予定でしたが、少し気になるニュースがあったので、変更してお届けします。

 

 

前回までの記事はこちら

 

 

2022年の航空運賃

 新型コロナウイルスによる国境閉鎖が徐々に解かれ、各国とも入国制限がだいぶ緩和されました。日本も厳しい水際対策から、一定の安全性があると思われる国からの入国者は隔離期間短縮もしくはなしとする方針に転換し、1日当たりの入国者数の上限も増やされているのは、皆様ご存知の通りかと思います。

 これについては賛否両論あるでしょうし、ここでは特に触れません。ただ、依然として1便当たり、または1日当たりの人数には制限がかかっており、航空会社にしてみれば、便を満席にして飛ばすというコロナ以前であれば当たり前だった目標を目指すことすらできないのは事実です。

 

 となると、どうやって収支を成り立たせるか。コロナ初期は、どうせ誰も乗らないんだし、乗ったところで相手の国にも入れないんだから、こりゃ運休だ、というのが普通でした。国内線でも、緊急事態宣言下での旅行需要がほとんどなくなってしまったこともあり、大幅な減便がありましたね。

 

 その後、少しずつ需要が回復してくると、公共交通機関ですから全く動かさないというわけにもいきませんし、何より航空会社の最大の収入源は運賃なわけで、どうにかして本業で儲けなければいけないという意識に移ります。しかし、国際線は搭乗者数制限、国内線は需要減(インバウンド旅客の消滅、旅行意欲の減退、各都道府県からの要請など、複合的な要因があります)と機内でのソーシャルディスタンスの確保(今はもう実施されていませんが、アメリカでは敢えて機内で周囲の旅客との距離を取れる座らせ方にするか、気にせずどんどん乗ってもらうか、会社により方針が分かれたり、いろいろありましたね)など、頑張っても基礎となる旅客の数を増やすことができない状況です。

 それを貨物で補うなどの一時的な措置はあるものの、根本的な解決にはならず、「少ない旅客でどうやって儲けていくか」となると、必然的に「運賃を上げるしかない」という結論に至ります。こんな状況でも飛行機に乗ってくれるありがたいお客様は、言い方は悪いですが、多少値段が高くても乗らざるを得ない事情を抱えている人のはずなので、そのお客様で運航を維持できる適正な運賃を頂く。かつてのように、安く乗客をかき集める必要はなく、限られた人数に集中するんだ、ということです。

 

 JALの国内線については、この4月から運賃と料金の改訂がありました。

 

 

 国内線・国際線問わず、いくつかの航空会社が全体的な値上げをする予定だという連絡が、こちらにも入ってきています。新型コロナウイルス対策にもお金がかかりますし、原油価格も高騰していますし、特にヨーロッパ方面はロシア上空を回避して運航するために、最短距離よりも多くの燃料を使うので、苦しい状況が続きます(飛行ルートの妙については、今後、別の機会に取り上げたいと思っています)。

 日本では、値上げと言うとなかなか後ろ向きな印象を持たれることも少なくありません。でも、世界的には物価は当たり前に上がっていくもので、毎年同じ国に旅行していると、タクシーの初乗りが順調に高くなっていくのに驚く、という経験があります。

 この世の中で、日本の航空業界も値上げラッシュに抵抗できなかった、という感じでしょうか。

 

 

 

運賃の上げ方

 日本航空の国内線は、先ほどのようにお客様向けページに値上げの詳細を明記していますが、これは日本の国内線特有の事情があり、GDS経由の予約ではなく、お客様がウェブサイトやコールセンターを通じて直接航空券を購入される割合が非常に高い(旅行会社経由であっても、航空会社と旅行会社が独自の代理店契約を結び、GDSを介さないビジネスモデルが構築されてきた)ことと、国際線に比べて運賃額が需給バランスで大幅に変動することなく、予め設定されたテーブルの中で売れたか売れないかを見ていく、という変動の仕組みを取っているためと考えられます(国内線の運賃変動については、そのうちどこかで取り上げたいと考えていますが、適当なコーナーが見つかっていません。そのうち、ということで)。

 

 国際線は、日々刻々と運賃が変わっていきますので、値上げされても一般消費者には気付きにくいのだろうと思います。 しかし、航空会社も、思い付きでどーんと値上げするわけにはいきません。

 日本の国際航空運賃は認可制であり、現代ではその上限額だけを申請する「上限認可制」が取られているというのは、この連載でも、また別の機会でもご説明してきました。

 この上限額、よほどおかしいものでなければ通るのだろうと想像しています(OFCが申請を代理している航空会社でも、さすがに他社の3倍とかで通そうとするところはありませんので、定かではない)が、実際にその金額で売るかどうかとは関係ありません。スーパーマーケットで言えば、メーカー希望小売価格と、店舗定価と、セール特価の3種類くらいがあって、「今日はこのくらいお得です」となるところ、航空運賃は上限よりも下で自由に決められます。たとえば東京からニューヨークまで50万円で売りたいと考えたら、上限60万円で申請して通ると、60万円で販売した実績がなくても構いません。50万円でも10万円でも売れます。

 逆に値上げしたいとき、最初から50万円で上限を申請していると、60万円にするのにもう一度申請しなければいけませんから、「60万円スタートにしておくか」と考える可能性もあります。

 

 従って、OFCに「上限額を上げたいです」という申請依頼が来なくても、実勢価格と上限に乖離があった航空会社については、自分たちの判断で瞬間的に上限額まで運賃を引き上げることが可能です。

 真面目に旅行会社へお知らせを送っている航空会社を見ると、10%程度の値上げをするところは普通にあるようで、各社の苦しい台所事情が窺われます。

※ 事前に通知する航空会社は、「発券しようとしたら、予約時点より高くなっていた」というトラブルを避け、値上げ前に発券するという選択肢を与えてくれる点で親切です。ただ、運賃額は絶えず変わるものですから、いちいち予告していられないという会社の意見も理解できます。

 

 もうひとつ、値上げの方法として、これはOFCがまさに肌で感じていることですが、安い運賃を設定しない、という手があります。

 コロナ前、ヨーロッパに行こうとすると、シーズンオフはベトナム航空で往復2万円とか、カタール航空で5万円(5年くらい前に、これでイタリアに行きました)とか、国内かと思うような激安運賃が、航空会社から直接供給されていました。

 寿司屋の松竹梅ではありませんが、エコノミークラスを50万円で買う人もいれば、5万円の人もいる。隣に座って同じサービスを受けるかもしれないけど、それが需要と供給のバランスであり、運賃規則に基づく最適な航空券を買っているのだ、というのが国際航空運賃の基本的な考えで、OFCのセミナーなどでも、そのように解説してきました。

 さて、今は一便に乗せられるお客様の数を制限しなければいけないわけです。そうすると、5万円の人だけ100人集めても、全然嬉しくありません。50万円と言わないまでも、せめて20万円とか30万円とか、そのくらいはほしい。5万円は「どうせ空いてしまう席を埋めて、少しでも売り上げを稼ぎたい」という意志の表れだったと考えれば、そんなものを売っている余裕はありません。

 そんなわけで、OFCに舞い込む運賃関係の申請依頼の割合が変わり、「期間限定の安い運賃」の申請が減りました(代わりに増えたものもあり、昨今の原油価格高騰で燃油サーチャージの申請は多く頂いております)。仮にあったとしても、GDS上でRBDごとの座席数を調整し、安いものを多く売らないように調整すれば、「高くても乗らなきゃいけない」人に航空券を販売することができます。

 

 

  

これから運賃はどうなっていくのか

 数日前、友人と「コロナが終わったら、カリフォルニアのディズニーに行ってみたいね」という話をしていたのですが、ふと気になって調べてみると、航空券がずいぶん高い。燃油サーチャージがまた一段上がって、その影響もあるのでしょうが、まだまだコロナ前の掘り出し物には出会えないようです。

 ちなみに、ロサンゼルス行きの最安値は、ざっと見た感じでは、ジップエアでした。ちょうどコロナ禍にぶつかる形で運航を開始し、どうなることかと心配していたOFCのグループ会社のひとつですが、ようやく軌道に乗るときがきたようで安心しています。そのジップエアでも、どうでしょう、コロナ前のデルタ航空って、安いときはこんなもんだったんじゃないかな、というくらいの価格帯。もうちょっと下がると嬉しいなぁ、と旅行者としては考えてしまうところです。

 

 先を見通すのは難しい時代ですが、各国の入国制限という供給の限界がなくなり、新型コロナウイルスの検査など出入国に関する厳しい規程が撤廃されて需要が喚起されるまでは、コロナ前と比べて運賃額は高い状態が維持されるのかな、と個人的には見ています。

 東南アジアのLCCで一部復便の動きもあり、日本発ではアジア圏の回復は早いかもしれません(ただし、中国だけはゼロコロナ政策が続く限り、観光旅行で気軽に行きにくく、需要の回復が遅れそうな予感も)。

 

 ウクライナ問題で、ロシアに留学していた学生さんが日本に帰ろうとしたら、航空券が値上がりしてて買えない、というニュースを見ました。別に航空会社は客の足元を見て高く売りつけようとしたのではなく、需給バランスによる航空券相場の全体的な上がり方と、ヨーロッパは特にロシア回避による運航コストの増加、そして片道航空券はそもそも高い(これも、時代の変化とともに片道ベースになってくる、という話をいつか書きたいと考えているところです)という事情を知っていれば、仕方ない範囲と思うんでしょうが、業界の外の方にはわかりにくいかもしれませんね。

 何にせよ、一日も早く平和な日になり、病気の心配もなく、日本と海外を行き来できる(自分が、というだけではなく、外国から来てくれる観光客も含め)ことを願っています。

  

 運賃の歴史というテーマからは、ちょっと逸れました。が、長い目で見て、航空運賃は下がる傾向にあったものが、このタイミングで反転し、しばらく続くという可能性もあり、歴史的な転換点なのかな、と考えて取り上げた次第です。

 次回は歴史の話に戻り、当初考えていたANAの1990年代の運賃体系について取り上げる予定です。それではまた。

 

※ 本記事内の意見は、全て筆者の個人的な考えによるものです。会社見解と異なる場合がありますので、ご了承ください。

 

この記事を書いた人:

関本(編集長)

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